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完結した主観的な領域 [今日の一言]

この領域はまったくそれだけで完結した主観的なものの領域であり、独特なあり方において存在し、あらゆる経験、あらゆる思考、あらゆる生活においてはたらいており、したがっているところで引き離しがたくそこにありながら、しかも決してそれとして眼にとめられることなく、決して把握され理解されることのなかった領域なのである。
------------E・フッサール 『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』 p.320

 生活意識。完結した主観的なものの領域=生活および生活者の意識なので、当たり前のように捉えていた。だからこそ、それは今までに哲学的思考の対象にされなかった。
 このセカイに存在しているヒトや生き物は、自己の主観のみで完結している。ヒトと触れ合い、情報を発信し、何かを創作したとしても、それは自己の領域内での変化であり、それがどのような影響を周りに及ぼしたとしても、結局は主観内で完結してしまう。
 今、PCを操作しているが、地球の裏で風が吹き、刻一刻と風紋が変わろうとも、セカイは今自分の中だけである。9.11事件のときも、その映像は衝撃を与えたが、情報が付与されたに過ぎず、世界はかわらずであった。世界の変容は、イコール価値観の変容。自己が変われば世界が変わる。


 最近、カメラ探しをしています。何か良いものはないかなぁ、と。ちょっと気になっているのが、Canonのkiss x3とNikonのD3000。今のところ、どちらかなぁという程度に悩んでいます。
 しかたのないこととはいえ、やはりお値段がネックです。でも、買うからには、後悔しない、長く使えるものを買いたいものです。悩んで、選んでいる時間も楽しみではあるんですけどね。少し気を長く、今年中にはどれかしらを購入しようと思っています。
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